・ジャンダルムの登山ルート
「山」を始めて、何度も訪れた上高地。穂高連峰や霞沢岳、焼岳に囲まれた、キラキラした渓谷美はもちろん、梓川の水の流れと、それを縁取る明るい林や、遊歩道の傍らの草花も、訪れるたびに親しみを感じます。
そしてそこからアプローチする穂高の峰々の頂に立ってみても、上高地に入ったときとと同じように、なんとも穏やかな気持ちにさせてくれます。
今回は、これまでのような、ワクワクする期待はというよりも、「緊張」と「希望」という相反する感覚をモチベーションに、ここ奥穂高岳頂上にやってきました。
これから向かう「ジャンダルム」という名前の響きににある、人を寄せ付けない厳かな雰囲気の山頂では、どのような気持ちになるのでしょうか。
ジャンダルムをやると決めてから、毎晩ジョギングをし、通勤は自転車に変更。
行く山選びでは岩稜歩きの練習ができるところを選んできました。実際に自分の目で見てみないことには、やれるかどうかわかりません。
「ダメなら撤退」と何度も自分に言い聞かせます。
リミッターを振り切ってしまったら、実力以上の山に登ってしまいかねないから。
怖がる気持ちは事故のサインです。
でもそれを乗り越えなければ、ずっと登れないまま。そのボーダーラインを見失わないようにしなければ。
隣で呑気に謎のメロディーの鼻歌を歌っているパートナーにも集中するよう言って聞かせます(苦笑)
奥穂山頂からジャンダルムへの稜線を望むと、今まで見たこともないようなナイフリッジが空の上を走っています。
まわりにいた登山者も「凄いねぇ」、「あんなとこ行ったら死んじゃうな」と言いながら写真を撮っています。
「いや、これから私行くんですけど(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル ・・・」と、心の中で呟き、
ジ、ジャンダルム、・・・い、いざゆかん!
とぅ!
スタートしてすぐが馬の背です。すでに核心部と言える地球の皺の折り目を進みます。
先を見ても、〇印はありますが、どこがルートなのか全く判別できません。
落ち着いて、足を置ける場所を探します。
大丈夫、一応ルートはある。
その高度感から、気持ちまでフワフワしてきて、まるで雲の上を歩いているような錯覚に陥ります。
天気も良く、見晴らしがあるぶん、切れ落ちた谷底まで良く見えてしまいます。
でも足場は思ったよりは幅があります。
足の置き場は自然と「ここしかない」となるので、迷うことは少ないです。
それでも落ちたら最低でも重症以上です(怖)
途中、足の横幅分もないステップをトラバースする所があります。手足が短いのでかなり緊張しました。
ここは、天辺をそのまま歩く方が良かったかもしれません。
緊張でものすごく喉が乾きます。
実は基部に20mほどの迂回ルートがあるらしいのですが、奥穂側からは取付きが見えなかったし、せっかくここを歩きに来たのでこのまま進みます。
馬の背は一般的には西穂側から登った方が楽と言われています。
今回は逆なので、ここを下っていきます。
三点確保をしっかり意識しながら、バックステップで一歩一歩。
時間がかかりますが、焦らず。
掴んだホールドが浮いている箇所もあるので、確認しながら進みます。
これがバコッと外れてしまったらTHE ENDです。
前からも後ろからも誰も来ませんでしたので、変なプレッシャーはありませんが、常に緊張です。
時々、これから目指す岩のドームを見ては、「あそこに行くんだ」と気持ちを奮い立たせる。
お尻を着いて降りると安全な箇所もあるので、ザックを岩に引っ掛けないように、ショルダーストラップを締めます。
今回使用したアタックザックはモンベルの「バランスライト20」というもでる。
他にもっと軽量でコンパクトなものもあるのですが、岩場の通過がありますし、入れる装備もそこそこ多いので耐久性のあるこのモデルにしました。
バランスライトは背中のパッドを取り外すことができるので、それなりにコンパクトに折り畳めます。
パッドは取り外したら、そのままビバーク用のマット(座るとき用)にもなります。
一本締めのストラップも開閉が早いのでおすすめです。
ナイフリッジを過ぎるとガレ場の下降です。
一歩目がいきなり浮石で、まったく気を緩める隙をくれません。
二歩目を置いたところもまた浮石で、動悸が早くなります。
すると後続のパートナの「ヤバイ」の声が。
見ると浮石を踏んで、岩が足の下でずれて飛び出しています。
すぐに石を押し込んで事無きを得ました。
「ふぅ」とため息をつき、額に冷汗が流れるのがわかります。というか、冷や汗だの、ドーパーミンだのエンドルフィンだの、脳は、今を生物的な緊急事態と感じているようです。
引き続き、足の置き場を探しながら慎重に。
まるでここ一帯が浮石でできた塊のような崖。
ホールドもグラつくので、いきなり無理なストレスをかけないように、そっと確認する。
ここで落石してしまって下に人がいたら、大変です。
鞍部に着いても、今度は後続からの落石の危険性があるので、直下には留まらず、ロバの耳側に寄って水分補給します。
緊張で本当に喉が渇くので、思ったより水分の消費が激しい。
ロバの耳は逆層スラブのクサリ場を右斜め上に登っていきます。
落石発生!!
先ほど降りてきたガレ場の崖から「ラーク」の声が響くと同時に、ガラガラガラ、パカンパカーン、と落石が発生。
見ると上の男性が落としてしまったようです、すぐ下には登山者の姿があります。
しかもヘルメットも被っていません。
下の登山者は走って崖を下り逃げます。
両腕を広げたよりも大きな岩が転がり落ち、さらに大小様々な岩を巻き込み、砕き、崩しながら、絨毯爆撃のように男性に迫ります。
私たちも「ラーク、逃げろ」と叫びながら、壁に張り付いたまま動くことができません。
岩が迫り、「あぁ、あの人死んじゃう!」と思いました。
次の瞬間、男性はなんとか壁の窪みに張り付き、岩を避けることができました。
こんな現場に遭遇するなんて。
でも進まなければ。ミシンを踏むように震える足、力の抜けた身体に、なんとか気を入し直します。
まだ動悸が止まらない。深呼吸。
手足の短さで、ホールドやステップが届かず、苦戦しますが、あれこれムーブを意識してクリア。
ボルダリングの動きが意外と役立ちました。
ステップも場所によっては爪先で乗り込みます。
底の固い靴で良かったと思いました。
もっと岩登り向けのシャンクの固い靴もありますが、爪先の「クライミングゾーン」と言われるところが狭く、靴底のクッション性もありませんので、上高地からのアプローチの長さを考えると、今回のモデルでも快適ですし、私には十分なスペックです。
今度は高度感のある絶壁をトラバースします。
いつもは頭の中で「だいたこの辺りにいるな」と地図が浮かぶのですが、大まかなポイントはわかっても、時間の経過と進んだ距離が予想できません。
先ほどの落石で、ちょっとした岩の音、人の声にも敏感になってしまいます。
このようなサイドのホールドは力が逃げやすいので緊張します。
足をしっかりきめて。
こういった、ちょっとしたテラスでさえ安心ゾーンに感じますが、一般登山道では核心部扱いですね。麻痺しています。
一枚岩のクサリを通過して、岩屑の道を進むと、ついにジャンダルムの取付きに差し掛かります。
ここで小休止。
ずっと前の方を進んでいたパーティと笑顔でご挨拶。
人がいるだけで、ホッとします。
お聞きすると、パパさん、ママさん、お兄ちゃん、みんな山LoverのGABOさんファミリー。
この先は「邪魔はしませんので」と後ろを着いていくお願いをしたら、快く「一緒に行きましょう」と言っていただけました。
北壁には残置スリングがありました。
でも直登する勇気はないので、狭いトラバースを西穂側に周り込みます。
最後まで気が抜けませんが、景色を見る余裕が出てきました。
ここからはどこを登っても山頂に辿り着きますが、先ほどの落石の恐怖が拭えないので、○印を探しながら。
集中。
とにかく浮石を踏まないように慎重に。
「もうちょい!ガンバ!」と、パパさんの応援にどれだけ勇気づけられたことか。
そして、ついに・・・・。
登頂です。
はぁ~、緊張した~。
「生きてるよね?」
なんて見晴らしがいいんだろう。
下界は全て雲の下に隠れています。
雪の香りがする雲表のそよ風が頬を撫でて通り過ぎます。
進んできた天空の道を振り返る。
その向こうに奥穂高から北穂高、槍ヶ岳。
奥穂の向こうには吊尾根から前穂高。
反対は独標から西穂。そして焼岳、笠ヶ岳。
北アルプスのオールスターが見渡せる大パノラマが広がります。
正式にはジャンダルムは山には数えられないのですが、標高は槍ヶ岳に次ぐ高さです。
見渡すと、まるで実寸大の地図を見ているようです。
山頂にはずっと会いたかった天使が待っていました。
本当に緊張した~。
今まで登ったどの山よりも。
そして、これまでの山ともう一つ違うのは、戻るのも怖いということ。
登頂の喜びはまだ50%です。
無事に帰らなければ。
・ジャンダルムの下山ルート
帰りもGABOさんファミリーとご一緒させていただきます。
来た道を戻りますが、戻ったところが本当のゴールです。
安全に帰らなければ。
みんなの力量(主にぽんこつな私のペース)にあわせたルートを探し先頭を行くお兄ちゃん。
全く怖がらず自ら実験台となり危険ヶ所を後続に伝えるママさん。
終始冗談で雰囲気を明るくして、要所要所で私にホールドを教えてくれたり、先頭に指令を出すパパさん。
チームワークの良さに、パーティで登るのもなかなか良いものだなと思いました。
こういうところは思い切って両手でクサリを掴み、腰を落としてベタ足で。
落石の巣。一番慎重になった箇所かもしれません。
上から石が落ちてこないよう、そして自分も落とさないよう。
できれば上から誰も来ませんように、できることなら後ろに誰もきませんように、祈りながら登っていきます。
下界の気温が高いのでしょうか、徐々にガスに包まれます。白いモヤの向こうに、馬の背の不気味な影が浮かび上がります。
やはり登りの方が幾分か安心です。
「↑ウマノセ」の文字、緊張します。
爪先で乗り込むことが多い。
奥穂も見えた。
先行のアドバイスに助けられながら。
前向きに手を着いたり、バックステップになったり、自分に一番合った方法で一つひとつの岩を越えていきます。
馬の背をクリアすると、出発してからやっと一息つけられら気がします。
奥穂に到着。
一緒に登って頂いたおかげで、来たときより安心して、そして楽しく進むことができました。
本当ありがとうございます、GABOさんファミリー!
この後も、色々な山でお会いする度に、テントのペグをお借りしたり、モバイルバッテリーをお借りしたり、貴重な食事を御馳走になったり、毎度お世話になっています。
みんなでジャンダルムポーズ。
無事に奥穂に戻ってきてここでやっと100%の達成感が。
みんなでハイタッチ。
こんなに嬉しい山行になるとは思いませんでした。
花に虫がとまっている、そんな場面を見るだけで、はぁ、生きてるなぁと感じます。
一年のほとんどを雪に閉ざされるこの山の、ほんの一時の短い夏だけわざわざ咲く花は本当にきれいですね。
奥穂に戻ってきた私たちも、花と同じ。咲くばかり。
明日がどうとかこうとか、今は知るものか。
みんなジャンダルムに登ったんだ!
これまで登ったどの山よりも、知らない人同士に、結束感、団結感があります。
自己紹介してない人同士もお互い顔を覚えていて、お互いに喜びを分かち合っています。
剱岳でもこんな場面はありませんでした。
こんな急勾配登ったのかと、かなり高度感があります。
まだまだ油断は禁物です。
今まで岩をよじ登っていたので、まっすぐなハシゴに、違和感。
・ジャンダルム 参考コースタイム
奥穂岳出発7:10~ジャンダルム到着9:00 1時間50分
ジャンダルム出発9:20~奥穂高岳到着11:10 1時間50分
コースタイムはあくまで参考です。
渋滞や、核心部の通過で、他の山と同じタイムでは登れないと思っておいたほうが良いでしょう。私の力量不足もありますが、このルートに限っては、山と高原地図のタイムは全くアテになりませんでした。
余裕も持った計画が必要です。
・ジャンダルム登山のポイント
とにかく浮石だらけでした。自分も落とさない、他人からの落石にも細心の注意が必要です。
こんなことを言うと「技術や経験は?」と語弊がありますが、基本は体力と気合です。
涸沢から奥穂経由でジャンダルムのピストンだと、休憩を入れて行動時間は10時間になりました。
ルートは全てが核心です。一時も気が抜けません。安心できる鞍部はたったの2箇所。
難易度ばかりが目立つルートですが、集中して歩き続けられる体力は必要ですね。
事前にランニングや筋トレをしておいて良かったと思いました。
難易度は剱岳もほぼ同じ。個人的な感想では、剱や大キレットの方が怖くなかったように感じます。きっと鎖の有無や、人の多さで、感じ方が分かれるのだと思います。
穂高岳山荘で水を補給します。
1リットル200円。
500ミリリットル100円。
私のナルゲンボトルは丁度1リットルなので200円入れます。
ナルゲンボトルは容量のメモリが付いているので、メスティンで炊飯するときにも便利ですし、広口のボトルは行動食を入れることもできます。
なんだかんだ広口のシンプルなボトルが1番使いやすいですね。
ペットボトルやプラティバスは外圧で破裂してしまうと悲惨なので、ナルゲンボトルがおすすめです。
今シーズンは脱水で行動不能になった例もあったようですので要注意です。
涸沢の常駐隊基地でもアミノバイタルの粉末を配布していました。
やはり疲労が蓄積しているのか、膝の上の筋肉、名付けて「ブレーキ筋」がパンプしかかっています。
ザイテンで事故が多い理由の一つは疲労と油断なのではないかなと思いました。
疲労で滑落。
登頂の達成感から油断してルートを間違える。
浮石を踏んで滑落。
落石に巻き込まれる。
ポールを使ってしまい、体重をかけた岩が浮石・・・などなど、
色々な図式が想像できます。
慎重に。
歩く速度で流れ去る、歩幅通りの風景を楽しみます。
・アタックの装備について
ジャンダルムに登る装備は、基本的な登山装備と変わりません。
追加であれこれ持つよりも軽量化した方が、安全だと思いました。
もちろん、ツェルトや救急セット、行動食は減らしてはいけません。
特に、緊張で喉が渇くので水分はいつもよりかなり多く必要になりました。
ヘルメットは絶対に必要です。
しつこいようですが、装備の力で登れるという山ではなく、経験・体力・気合が必要だなと強く感じました。
それからテント泊の場合は、軽量化で体力を温存するのではなく、「睡眠でいかに体力を回復できるか」、流行りの軽量化に走らず、基本的な装備が良いと思います。
どうせ長時間歩けば軽量化してもバテますので。
・まとめ
約10時間程の長い山行だったけど、振り返ればあっという間でした。
時には息を飲み、時には感嘆の声を上げ、ひたすら攀じ登ることだけを考えていました。
人との出会いに助けられたし、自分の課題がわかった良い経験となりました。
テントで夕食を終えたものの、興奮からか目が冴えて、なかなか寝付けません。
色とりどりのテントの灯りも消えた頃、そっとシュラフを抜け出し外に出てみます。
濃紺の夜空に、漆黒の穂高連峰が浮かび上がり、山から吹き降ろすガスは湿って寒く、数時間前に登ったあそこから吹いているのかなと考えると、何故か懐かしい匂いがしました。
「登れて良かった。」というパートナーの一言が印象的でした。
刺激的なジャンダルム・・・癖になります!
下山後、その足で一路富山へ。
剱をやるはずが・・・